1960年代後半にフォークグループザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)でデビュー。
その後、ソロ活動に移行し、並行して1970年代初頭から中盤にかけてロックバンドサディスティック・ミカ・バンドを結成。
1977年、作詞家の安井かずみと再婚。
彼女が病に倒れる1990年代初頭まで「作詞・安井かずみ/作曲・加藤和彦」で、三部作[3]『パパ・ヘミングウェイ』『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』(1979年-1981年)などのソロ作品の他、数々の作品を他ミュージシャンに提供した。
また、1980年代から映画音楽、1990年代後半からはスーパー歌舞伎の音楽なども幅広く手掛けていた。

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加藤和彦 ライブラリー

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ディスコグラフィー

アルバム
ぼくのそばにおいでよ (1969年)
スーパー・ガス (1971年)
それから先のことは (1976年)
ガーディニア (1978年)
パパ・ヘミングウェイ (1979年)
うたかたのオペラ (1980年)
ベル・エキセントリック (1981年)
あの頃、マリー・ローランサン (1983年)
ヴェネチア (1984年)
マルタの鷹 (1987年)
ボレロ・カリフォルニア (1991年)
オムニバス・ライヴ盤参加
カレッジポップス・コンサート実況録音盤 (1969年11月・東芝音楽工業 EP-7730) 1曲収録「ぼくのそばにおいでよ」
カレッジ・ポップス・イン・U.S.A. (1970年12月・東芝音楽工業 EP-7778) ※バックアップメンバーとして全体に参加(12弦ギター)。
S.O.S.コンサート〜フォークとロックの大合同演奏会・渋谷公会堂における実況盤 (1971年4月・東芝音楽工業 ETP-7512〜3) 3曲収録「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」「もしも」「ふしぎな日」
ヤング・ジャパン国際親善演奏旅行 (1971年12月・東芝音楽工業 ETP-9401) 2曲収録「家をつくるなら」「ララ・ムラ」
ラブジェネレーション〜ラブ・ジェネレーション・ライヴ・コンサート 日本武道館に於ける実況録音盤 (1973年8月・東芝音楽工業 ETP-7695〜6)2曲収録「ピクニック・ブギ」「銀河列車」※“ 加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド”名義
シングル
水虫の唄/1968年7月1日
僕のおもちゃ箱/明日晴れるか(1969年4月)
ネズミ・チュウ・チュウ・ネコ・ニャン・ニャン/日本の幸福(1969年9月)
カフェ・ルモンドのメニュー(1969年11月)※チッチとサリー名義(チッチ役は翁玖美子)
おいでよ僕のベッドに/アーサーのブティック
あの素晴しい愛をもう一度/僕を呼ぶ故郷(1971年4月) - 「加藤和彦と北山修」名義
シンガプーラ/キッチン&ベッド(1976年)
おかえりなさい秋のテーマ 絹のシャツを着た女/サン.サルヴァドール(1980年)
ソルティ・ドッグ/レイジーガール(1980年)
ルムバ・アメリカン/パリはもう誰も愛さない(1980年)
だいじょうぶマイ・フレンド(1983年)
純情/5月の風(1993年12月)※吉田拓郎&加藤和彦 名義
映画音楽
だいじょうぶマイ・フレンド
探偵物語(1983年)
天国の駅 Heaven Station
野蛮人のように
幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬
ハワイアン・ドリーム
菩提樹 リンデンバウム(1988年)
ガラスの中の少女
花の降る午後
継承盃
大失恋。
ちんちろまい
パッチギ!(2005年)
青いうた のど自慢青春編
つゆのひとしずく
パッチギ! LOVE&PEACE(2007年)